|
昔というのは30年位前のこと。当時の大原港はイワシ漁で栄えていた。網元が全部で7軒あり、地元では'あぐり(網繰)'船と呼んでいた(写真)。 まき網でイワシ漁をしてたことから、'網繰'という。まき網とは、魚群のまわりに網を入れ、魚群を巻き取り一網打尽にする漁法だ。これは、2隻同じ大きさの船が網を積んで、網を広げる時以外は出港から入港まで2隻はピッタリくっついて走ります。この船が「網船」、この他に魚群を探す「魚探船」、魚を運ぶ「運搬船」で全部で5〜6隻程度で運行します。 まぁ、とにかくイワシがよく獲れて、その頃のお正月はやっぱり活気があったようですよ。 ●乗初(のっぞめ)式 元旦、夜も明けきらない暗いうちに、'あぐり'の乗組員が、船主の家から船まで提灯行列をするんです。1隻あたり80人程もの乗組員がいましたから、80人×7行列(全7隻)もの漁師の行列は、とても迫力(!?)がありました。列の先頭は、'舞祝'という着物(どてら風)を着た船頭です。村の人たちも、毎年とても楽しみにしていて、この行列を見て年頭の思いを新たにしたといいます。 そして、いよいよ行列が港に到着すると、2隻船にまたがって網を広げて、そこに小さい丸餅(一俵分)をほおり入れます。「ほっ〜りゃ、ほっ〜りゃ」とかけ声しながら、網の中で餅を踊らせ大漁祈願をしました。全部の網元が同時に行うので、とても見応えがあったそうです。海に一つでも餅を落とすと、魚が抜け落ちるという意味になり、縁起が悪いと言って、漁師は真剣そのものでした。とにかく、威勢のよいかけ声が、港町中に響きわたって正月気分を満喫させてくれたそうです。 ●初出式 初出船はだいたい7日頃。だいたいというのは、7日が仏滅だったり赤口だったりすると、出船しません。特に、'行って帰らず'と言われる赤口を嫌います。また、当時の漁師は、一番先に出港するのを嫌っていたので、その役を毎年順繰りにしていたそうです。で、いよいよ初出船の日は、船は港を出てすぐの八幡岬前を左に大きく3周旋回して、御神酒をあげてから漁に出かけます。この慣習だけが、今も残っています。 |